全羅北道 4「益山弥勒寺」百済時代の石塔、昨年世界遺産に~

扶安から朝8時バスに乗り益山約1時間、降りて帰りのソウル行のバスなどしらべ、
いざいつもの観光案内所、聞いても探しても無い(ショック)


市内、市外バス乗り場と言ってもただ道にのすみに数台あるだけ、バスの運転手さんに弥勒寺行を聞いても知らなかったり、一人の運転手が自分のバスは行かないが乗継のところまで乗せるからお金を払わずとりあえず乗れと、とあるバス停で降ろし、バス停で新聞売りの老人にこの人たちを弥勒寺行のバスにのせるようにたくしてくれた。
(この旅の成果は、人がこんなに親切なのを実感Jさん信じられないぐらいと感激)無事到着。

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展示館は休館、そのうえ弥勒寺石塔は解体復元中、しかしです。
私たちは巨大な大いに囲まれた、復元現場に入り復元現場をみることができたというか、入れたと~石塔14,24m

山を背に弥勒寺跡は言葉に言い尽くしがたい雰囲気、
休館が幸いして私達は静寂に包まれている。
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寺の前の竿支柱、復元された東塔、多くの遺跡後の石、ただここだけのために来た甲斐がありました。
百済の時代の仏教の姿が想像されます。
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平日はバス本数は1時間に1本もないので気をつけないと時間帯では2時間1本~いろいろあって(笑)
言えない方法(笑)でソウル行高速バス乗り場に~しかしアクシデントでバスが途中で故障他のバスに乗り換え30分ロスはありながら、夕方には到着、密度の濃い全羅北道旅は終了。
「出会った人から、韓国人も行かないマイナー益山にどうして来たの?」の言葉、だから来たのですよ。
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な すんじゃ

Author:な すんじゃ
京都出身。在日韓国人二世。
京都家庭料理専修学校卒し
韓国王朝宮中飲食伝授機関 宮中飲食研究院を修了
(朝鮮宮廷料理第一人者ファン・へソン先生に師事)
※ファン・へソン先生とは
朝鮮王朝最後の水刺間(スラカン)で宮中料理を習得。韓国伝統郷土飲食調査事業に従事。日本と韓国の食文化の比較研究を行い、生涯を韓国料理の伝承に尽くした。「宮廷女官 チャングムの誓い」の料理の監修をしたことでも知られる。

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